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HUMAN BELL

"HUMAN BELL"

 本作は、ボルチモアを拠点に活動するデイヴィッド・ヒューマンとネイサン・ベルによる双頭ユニット、ヒューマン・ベルのデビュー・アルバムである。
 まず、このユニットが結成されるに至った経緯として、デイヴィッド・ヒューマンがメンバーとして参加するテレヴィジョン・ヒル(Television Hill)というバンドが挙げられる。テレヴィジョン・ヒルは、カントリーやフォークを基調とする中心人物のロブ・ウィルソンの弛緩しきったようなヨレヨレの歌声が特徴的なバンドだが、一時期ネイサン・ベルもメンバーとして参加していたことがある。そのテレヴィジョン・ヒルのメンバーをもとにデイヴィッドが中心となって結成されたバンドがアルボーティアム(Arbouretum)であり、そのメンバーとしてネイサンも初期には参加していたのだ。しかしその時点では二人のユニットを結成するには至っていない。アルボーティアムは、デイヴィッド・ヒューマンがシンガーとしての魅力を発揮するリーダーバンドであり、テレビジョン・ヒル同様にヴォーカルではフォークやブルースからの影響を感じさせるが、イヤーエイクでありながらも癖になるトーンのファズがかったギターサウンドの激しさも特徴的なバンドで、2007年に本作と同じくスリルジョッキーから新作をリリースしている。ちなみに、先頃リリースされ話題になった、スリル・ジョッキー15周年記念の限定7インチ・アナログ・レコード10枚組(!)ボックス・セット『Plum』にもアルボーティアムは参加しており、カムやライブ・スカル、UZI、デンジャラス・バーズ等で活動してきたタリア・ゼデック(Thalia Zedek)の「Bus Stop」のカヴァーを披露している。(この企画盤ではスリル・ジョッキーのアーティスト達がスリル・ジョッキーの別アーティストの楽曲をカバーするというもので、ザ・シー・アンド・ケイクがキャリフォンの曲を、トータスが竹村延和の曲をカヴァーしたりと、総勢20組ものアーティストが参加している。)
 彼らは他にも数々のバンド遍歴があり、ネイサンはディスコードからの諸作で知られるラングフィッシュ(Lungfish)のベーシストとして1996年から活動し、脱退する2003年前後にはフガジのブレンダン・キャンティやギー・ピチョットとともにライツ・オブ・スプリングのメンバーだったマイケル・フェローズのユニット、マイティ・フラッシュライト(Mighty Flashlight)のアルバムに参加したり、タッチ・アンド・ゴーからリリースしていたミュールのフロントマン、P.W.ロング(P.W.Long)のソロ・アルバムにも客演している。一方のデイヴィッドは、前述のアルボーティアム以外ではボニー・"プリンス"・ビリーやジ・アノモアノン、パパM等のバック・バンドを度々つとめており、ウィル・オールダム周辺人脈との結びつきが強い。バトルスのリリースで一躍日本でも知られるようになったレーベル、モニターからリリースするキャス・マコモス(Cass McCombs)のアルバムにもデイヴィッドは参加しているが、キャス・マコモスも元々はウィル・オールダムによるパレスのメンバーだった。
 このように、二人とも様々なバンドへの客演が非常に多いのだが、それらと並行して、偶然にも同時期に両者ともソロでのギターやバンジョーによるインスト作品を個別に制作しており、それが契機となってヒューマン・ベル結成へと至ったようだ。
 本作がヒューマン・ベルのデビュー・アルバムではあるのだが、じつは結成後2006年にセルフCD-Rの作品が発表されている。全曲ネイサンとデイヴィッドのエレキ・ギター二本のみによるシンプルなインスト集で、このアルバムにも収録されている曲の原型ともいえるギターのリフが出て来たりもする。二本のエレキ・ギターによるアルペジオのリフレインが互いに寄り添い合うようにゆったりと紡がれて行くという至極シンプルな構造であるがゆえに、メロディーや音質から感じる曲そのものの叙情性を深く染み入るように聴き取ることができる。その二人によるエレキ・ギターのメロディーを軸に据えながら、バンド編成での正式なスタジオ・レコーディングがポール・オールダムが所有するケンタッキーのローヴ・スタジオで行われ、ミックスをトータスのジョン・マッケンタイアが手がけている。ボニー・"プリンス"・ビリーやジ・アノモアノンでのレコーディングやライブに参加していたデイヴィッドとポール・オールダムは旧知の仲であろうし、アルボーティアムのレコーディングも彼が手がけ、ミックスをマッケンタイアが担当するという布陣で行われていた。
 アルバムのサポート・メンバーでまず目を引くのがユーフォンで知られる敏腕ドラマーのライアン・ラプシーズだろう。厳かで凛とした空気を感じさせるオープニング「A Change In Fortunes」では彼のドラムとともに印象的なヴィブラフォンを聞かせるのはザ・モス・コレクター(The Moss Collector)のマット・ライリー。ギター・サウンド中心の曲調にささやかな彩りを添えるような役割として、ほぼアルバム全編に渡って様々な楽器を演奏している。「Hymn Amerika」から以降ドラムを担当しているのはパレス時代から現在に至るまでウィル・オールダムのサポートもつとめるピーター・タウンゼンド。彼と同じく本作のサポート・メンバーであるギターのマイケル・ターナー、そしてポール・オールダムの三人はともにスピード・トゥ・ローム(Speed to Roam)のバンド・メンバーでもある。マイケル・ターナーは自身のバンド、ウォーマー・ミルクス(Warmer Milks)としてフリーフォーク然とした歌曲を軸にハーシュ・ノイズやテープ・コラージュまでを含めた作品をトラブルマン・アンリミテッドやリリース・ザ・バッツ、そして数えきれない程のCD-Rやカセットテープを多数のレーベルから乱発している要注目人物で、今後はあのエクスタティック・ヨッドからのリリースも控えているようだ。
 「Splendor And Concealment」ではネイサンとデイヴィッドのエレキ・ギター二本のみによる、このユニットの元来の魅力を聴かせてくれるし、唯一ネイサンの家で録音されている「Ephaphatha(Be Opened)」でも一本のギターリフを軸に彼のトランペットが絡んでいくという慎み深い構成の曲を披露している。「Outposts Of Oblivion」や「Hanging From the Rafters」でも顕著なように、ヒューマン・ベルは、哀愁漂うエレキ・ギターのメロディーがゆったりと練り上げられるように進行してゆく一見シンプルな曲が特徴的だ。しかしながら、それは抑制を意識的に設けた表れであり、サッド・コアと呼ばれるような大仰で壮大に展開してゆくような安易なギター・インスト・バンドが多過ぎる中、彼らの音楽性は却って複雑な深みを感じさせる。ベース楽器がないということも(ネイサンは元々ベーシストであるにも拘わらず)全体の音像とアンサンブルによる楽曲を聴かせるための意識的な選択であることがよくわかる。
 かくしてデイヴィッド・ヒューマンとネイサン・ベルは、その絶妙に練り上げられた枯れた叙情性を音盤に刻み込んだ。なんともバンド・ネームに相応しい響きだろうか。






□ ASUNA

Thrill Jockey Recordsのバンド「HUMAN BELL」の1st.アルバムの日本盤ライナー・ノーツより転載。(2008.02.13)